ビルメンのリアル

楽な仕事を選ぶのは逃げじゃない|11年、人と関わる仕事をしてきた男の結論

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ビルメンのリアル

「楽な仕事に逃げるなんて、情けない」——もし今、そう思って動けずにいるなら、この記事はあなたのために書きました。

結論から書きます。楽な仕事を選ぶことは、逃げではありません。少なくとも私は、飲食店のアルバイトを8年、介護職を3年、合わせて11年「人と関わる仕事」を続けたあとで、設備管理(ビルメン)という比較的おだやかな仕事を選びました。そして今、後悔はしていません。

ただ、ここに辿り着くまで、私自身がずっと「これは逃げではないか」と自分を責めていました。その罪悪感がどこから来るのか、そして「逃げ」と「選択」を本当に分けるものは何なのか。得たものと失ったものの両方を含めて、正直に書きます。

「楽な仕事を選ぶのは逃げ」と感じてしまう理由

なぜ、楽なほうを選ぶだけで、こんなに罪悪感を覚えるのでしょうか。私の場合、その正体は「頑張ること自体が目的になっていた」ことでした。

求人を見ても、応募ボタンを押せなかった

転職を考え始めてから、実際に動き出すまで、私はおよそ1年間動けませんでした。

転職サイトには毎日アクセスしていました。登録もして、求人も見続けていました。それなのに、応募ボタンだけはどうしても押せなかったのです。

理由は単純で、今の生活が変わるのが怖かった。だから私は「現状に満足している」と自分に言い聞かせていました。でも実態は、満足などしていなかった。言い聞かせることで、現状維持を正当化していただけでした。

このとき私を止めていたのは、情報不足ではありません。恐怖でした。動き出さないための理由を、ずっと探していたのだと思います。

「頑張ることが当然」という思い込み

もうひとつ、私を縛っていたものがあります。「頑張ることは誇らしくて当然だ」という思い込みです。

介護職時代の私は、頑張ることそのものを誇りに感じていました。今振り返ると、自分の選択を正当化したかっただけかもしれません。流されている感覚はなかった。けれど、今思えば、たしかに流されていたのだと思います。

頑張ることが当然になると、「頑張らなくてもいい場所を選ぶ」という発想そのものが、悪いことのように思えてきます。罪悪感の正体は、楽な仕事そのものではなく、頑張ること自体が目的化していたこと——私はそう考えています。

11年、人と関わる仕事をして気づいたこと

楽な仕事を選ぶ前に、私は飲食店のアルバイトを8年、介護職を3年、人と関わる仕事を続けてきました。その経験から気づいたことがあります。やりがいのある仕事を続けられないのは、能力でも根性でもなく、相性の問題だということです。

飲食8年で学んだ「余裕がないとミスをする」

飲食店では、ピーク時ほど、ありえないミスをしました。皿を割る。できあがった商品を落とす。余裕のなさが、そのままミスになって出ていました。

おもしろいもので、今は飲食店で食事をしても、店員さんにいらいらすることがありません。自分が経験したから、その大変さがわかるからです。経験は、人の視点を変えます。

そして同時に、こうも思うようになりました。人は、余裕がない場所では本来の力を出せない。場所を選ぶことは、能力の問題ではなく環境の問題なのだ、と。

介護3年、やりがいはあったのにすり減っていった

介護職には、やりがいがめちゃくちゃありました。社会に必要不可欠な、誇らしい仕事です。それは今でも本気でそう思っています。

それでも、私は続けられませんでした。一番の理由は、勤務体系よりも先に「この先が見えないこと」でした。「このままずっと続くのに、給料はそんなに上がらない」。その現実を直視したとき、やりがいや誇りが、日常のなかでだんだん錘(おもり)に変わっていったのです。

将来を考えるたびに、少しずつすり減っていく感覚がありました。やりがいがあること自体が、私をその場に留まらせる理由になっていた。これは、向き不向きの問題だったのだと思います。

「逃げ」と「選択」を本当に分けるもの

ここまで書いてきて、ひとつの結論に辿り着きます。逃げかどうかを決めるのは、仕事の種類ではありません。

「逃げ」かどうかを決めるのは、仕事がきついか楽かではありません。
自分で考えて選んだかどうか。分けるのは、それだけです。

流されて頑張る状況こそが、一番つらい

私は、自分で決めたことなら頑張るのは当然だと思っています。それは、まったく苦になりません。

本当につらいのは、何も決められないまま流されて、それでも頑張らなければいけない状況に置かれることです。介護職時代の私は、まさにそれでした。自分で選んだというより、選び直すことを怖がって、その場に留まっていただけでした。

楽な仕事を「選ぶ」ことと、楽な仕事に「流れ着く」ことは、まったく別のものです。前者には自分の意思がある。後者にはない。同じ仕事に就いていても、その中身はまるで違います。

比べる視点楽な仕事に「流れ着く」楽な仕事を「選ぶ」
きっかけ選び直すのが怖くて留まる自分で考えて決める
自分の意思ないある
頑張れるか流されたままの頑張りはつらい自分で決めた頑張りは苦にならない
呼び方「逃げ」に近い「選択」

「逃げ」かどうかは、自分が決めること

今の私には、自分で選んでいるという感覚があります。不安がないと言えば嘘になります。だからこそ、もっと稼ぎたくて副業もしている。それも、自分で決めたことです。

「楽な仕事に逃げた」と誰かに言われることは、あるかもしれません。でも、それが逃げなのか選択なのかを決められるのは、他人ではなく自分だけです。自分で考えて、自分で選んだのなら、それは胸を張って「選択」と呼んでいい。私はそう思っています。

楽な仕事を選んで、実際に何が変わったか

きれいごとだけで終わらせたくないので、正直に書きます。楽な仕事を選んでも、失うものはあります。それでも、私には選び直す価値がありました。

楽な仕事を選んで得たもの楽な仕事を選んで失ったもの
精神的な余裕と体調の回復社会に必要不可欠だという誇り
休日に仕事を考えない時間利用者・ご家族からの「ありがとう」
年収 約300万円 → 約380万円季節のイベントを一緒に過ごした記憶
他のことも頑張ろうと思える心の余白大きな達成感

得たもの——精神的な余裕と体調

転職して、まず戻ってきたのは、お金ではなく余裕でした。

体調がよくなりました。日常から雑念が減りました。介護職時代、休日でも頭から離れなかったのは「次の出勤日のこと」です。オフのときも、仕事から離れられませんでした。今は、休日に仕事のことをほとんど考えません。

年収は、介護職時代の約300万円から、約380万円になりました。劇的な増加ではありません。それでも、お金より先に、心の余裕のほうが戻ってきた。これが一番大きな変化でした。

失ったもの——「ありがとう」と誇り

一方で、失ったものもあります。

社会に必要不可欠な仕事をしているという誇り。利用者さんやご家族からもらう「ありがとう」という言葉。敬老の日や花見、餅つきといった、季節のイベントを一緒に楽しんだ記憶。これらは、ビルメンの仕事では手に入りません。

設備管理は、大きな達成感がある仕事ではありません。たくさん感謝される仕事でもない。それは事実です。楽な側面だけを見て選ぶと、ここでギャップを感じる人もいると思います。

それでも後悔がない理由

それでも、私に後悔はありません。

精神的な余裕ができたことで、他のことにも目を向けて「頑張ろう」と思えるようになったからです。余裕がなければ、次のことなど考えられませんでした。

転職前の自分に声をかけるとしたら、こう言うと思います。「そんなに好きじゃないけど、嫌いでもない。感謝されることはないけど、責められることもない。まったく違う仕事だけど、なかなかいい生活ができているよ」と。

まとめ:楽に生きるのは、逃げじゃなく選択肢

11年、人と関わる仕事をしてきた私の結論は、シンプルです。

楽な仕事を選ぶことは、逃げではありません。逃げと選択を分けるのは、仕事がきついか楽かではなく、自分で考えて選んだかどうかです。流されたまま同じ場所に留まることのほうが、よほど「逃げ」に近いのかもしれません。

介護職時代の自分に、今かけたい言葉があります。「楽に生きるという選択肢も、ちゃんとあるよ」。当時の私は、その選択肢が存在することすら知りませんでした。

もしあなたが今、「楽なほうを選ぶ自分」を責めているなら——それを選ぶかどうかは、最後はあなたが決めていい。この記事が、誰かの言葉ではなく自分の頭で考えるきっかけになれば、うれしいです。

転職してから私が何を感じてきたかは、働きたくないと感じたとき、ビルメンという選択肢や、精神的に楽な仕事を探していたあなたへにも書いています。「楽に生きる」という生き方そのものについては、あなたへで、もう少し踏み込んで書きました。

転職にまつわるもう少し個人的な話や、面接で実際に何があったのかは、noteのほうに書いています。気が向いたら、のぞいてみてください。

noteもあわせて
この記事に何か引っかかった方へ。同じ出来事を、noteではもう少し個人的な目線で書いています。気が向いたら、のぞいてみてください。
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ビルカメ

【プロフィール】
- 飲食業8年 → 介護職3年 → ビルメンに転職
- 現在:独立系ビルメン会社で宿直勤務/年収300万→380万

【このブログについて】
飲食と介護で11年、人と関わる仕事を続けてきました。
「このまま一生、感情をすり減らして働くのか」と悩み、
1年間、動けなかった時期があります。

たどり着いたのが、ビルメンという仕事でした。
年収は全産業平均より低いままです。
派手な逆転もありません。
ただ、宿直の夜に2時間誰とも話さない時間があって、
そのことに、ようやく息ができると感じています。

このブログで伝えたいのは一つだけです。

楽に生きるのは、逃げじゃなく選択肢。

その視点から、こんなことを書いています。
① 「楽な仕事」の正体と、選び方の考え方
② ビルメン転職のリアル(良いことも、失ったものも)
③ 飲食・介護を経験した人間から見た働き方の比較
④ 自分らしい暮らしと幸福について考えたこと
⑤ 副業や複数収入で生活設計を考える

詳しい体験談・面接で起きたことなどはnoteに書いています。
https://note.com/birukame

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