介護職をしていた頃、人間関係でつらかった話はあまり書いてきませんでした。書こうとすると、どうしても「女性が多い職場が悪い」という方向に聞こえてしまいそうで、ずっと避けていたからです。
でも、男性で介護職をしている人の中には、同じ場所で同じように消耗している人が一定数いるはずだ、と思うようになりました。だから今回は、できるだけ正直に書きます。
私は介護職を約3年やったあと、20代後半でビルメンテナンスの仕事に転職しました。ビルメンは、現場によりますが構造的に男性が多い職場です。移ってみて初めて、自分が前の職場で何に疲れていたのかが分かりました。
「介護職が嫌になった」のではなく、「自分には話す相手がいなかった」だけだったのかもしれません。
男性介護職の「話す相手がいない」は、誰にも言えなかった
介護職をしていた頃、勤務中に強い違和感があったわけではありません。同僚は親切でしたし、利用者さんとの関係も悪くありませんでした。それでも、日が終わるたびに少し疲れていました。
その疲れの正体に、当時はうまく名前をつけられませんでした。
飲み会の話題に入れない、というほどでもない違和感
職場の飲み会は穏やかでした。話題は子育て、近所のスーパー、家族の話が多くて、私はうなずきながら聞いていることが多かったです。話を振ってもらえれば返せるけれど、自分から共有したい話があるかというと、特にありませんでした。
「楽しくない」のではなく、「自分が話してもいい話題が浮かばない」という感覚です。地味ですが、これが毎週続くと、職場で自分が浮いているような気分になっていきました。
「男だから」と頼られる場面が、地味に積み重なる
体格のいい利用者さんの移乗、力仕事、たまにある男性家族のクレーム対応。「男だから頼める」と言われると断れませんでした。頼られること自体は嬉しい面もあるのですが、これが年単位で積み重なると、自分の役割が固定されていく感覚がありました。
「男手」として必要にされている状況に、感謝されながら少しずつ消耗していました。
休憩室で何を話せばいいか分からなかった日々
休憩室に入ると、その日の利用者さんの話や家族の話で空気ができあがっていることがありました。輪に入るのが申し訳なくて、スマホを見て時間を過ごす日が増えていきました。
「このままじゃ終わるな」と感じ始めたのは、休憩室の自分の姿を客観的に見たときでした。誰のせいでもないけれど、ここに居続けるのは違う気がする、と思いました。
「男 介護 辞めたい」で検索しても、受け皿が出てこなかった
転職を考え始めてから、実際に動くまでに1年間かかりました。情報を集めれば集めるほど、動けなくなっていった時期です。
求人サイトで「男性が多い職場」を毎晩探していた
仕事から帰ったあと、求人サイトを開いて「男性多め」「男性活躍」のような条件で検索する夜がありました。何件か眺めて、何も応募せずに閉じる、という流れを繰り返していました。
具体的に動けない理由は、「失敗したらどうしよう」という恐怖でした。情報が足りなかったわけではありません。
介護内転職の選択肢ばかりが出てくる検索結果
「介護 男 辞めたい」と検索すると、出てくるのは別の介護施設への転職か、ケアマネ・相談員へのキャリアアップの話が中心でした。「介護を続ける前提」の記事ばかりで、異業種に出た人の体験談はなかなか見つかりませんでした。
介護を辞めるのは「逃げ」のように扱われている空気を感じて、自分の選択肢が狭まっていく感覚がありました。
ビルメンという職種を知ったとき「ここなら呼吸ができそう」と思った
ビルメンという仕事を知ったきっかけは、求人サイトの関連職種で偶然見かけたことでした。仕事内容を読んでみて、「設備を見て回る」「夜間は待機」という言葉に、不思議と安心しました。
「人と関わらない仕事」を求めていたわけではありません。「人としか向き合わない時間」から少し離れたかった、という方が近いです。
応募までさらに数ヶ月かかりました。系列系の会社に2社応募して両方落ちたあと、独立系に切り替えてようやく受かりました。
ビルメンの現場は、構造的に男性が多かった
入社して最初に気づいたのは、職場の同僚がほぼ全員男性だったことです。良し悪しではなく、ただそういう構成でした。
| 項目 | 介護職(私の職場) | ビルメン(私の現場) |
|---|---|---|
| 同僚の性別構成 | 女性が大多数 | ほぼ男性 |
| 休憩室の会話 | 利用者・家族・育児の話 | 業務情報・設備の話が中心 |
| 飲み会の話題 | 生活・家庭系が多い | 資格・仕事・雑談 |
| 気を遣う相手 | 同僚・利用者・家族 | 業者・上司(種類が変わった) |
| 力仕事の役割 | 「男だから」と固定されがち | 役割分担が業務で決まる |
朝礼・引き継ぎがほぼ同性同士で完結する日常
宿直明けの引き継ぎは、9時の朝礼で前日の出来事を共有して終わります。話す内容は警報の有無、工事業者の予定、設備の状態など、業務情報がほとんどです。世間話はあっても短くて、深掘りされません。
これが自分にはとても楽でした。話す内容が決まっていて、感情の交換が必須ではない。それだけで、出勤時の気持ちが変わりました。
工事業者・点検業者もほぼ男性で、気を遣う相手が変わった
ビルには日中、工事業者や点検業者が出入りします。受付や立ち会いで対応するのですが、こちらも男性が中心です。気を遣う相手がいなくなったわけではなくて、気を遣う相手の種類が変わった、という感覚に近いです。
業務上の会話だけで成立する関係が、思っていたより自分には合っていました。
宿直の夜、誰とも話さない時間が「サボり」ではなく仕事だった
宿直は19時に引き継ぎを受けたあと、何もなければ翌1時ごろまで中央監視室で待機します。警報が鳴れば対応に出ますが、何もない夜は本当にただ画面を見ています。誰とも話しません。
| 時間帯 | 主な業務 |
|---|---|
| 9:00 | 朝礼・日勤引き継ぎ |
| 9:00〜17:00 | 点検巡回・業者対応 |
| 19:00 | 宿直引き継ぎ(夜間担当に切り替わる) |
| 19:00〜翌1:00頃 | 中央監視室で待機(警報があれば対応) |
| 翌1:00〜6:00 | 仮眠 |
| 6:00〜9:00 | 起床・朝の点検 |
| 9:00 | 日勤へ引き継いで終了 |
介護職時代、「誰とも話さない時間」は休憩中ですら取りにくかったので、これが業務として認められている環境に最初は戸惑いました。慣れてくると、その静けさが自分にとっての回復時間になっていきました。
取り戻したもの/失ったもの
ビルメンに移って数年が経ちましたが、すべてが良かったわけではありません。失ったものもきちんと書いておきたいです。
取り戻したもの 気を遣わない時間、独り言、仕事中に勉強できる環境
失ったもの 「ありがとう」を直接もらう瞬間、誰かの生活に伴走する手応え
取り戻した:気を遣わない時間
宿直の夜、独り言をつぶやいても誰にも聞かれません。報告書を書きながら、たまに資格の勉強をしたりもしています。「テキスト3ページだけ」と決めて開くと、待機時間の長さに助けられて結局それ以上やれてしまう日が多いです。
がんばろうと思わなくても勉強が進む環境というのは、想像していなかった副産物でした。
失った:「ありがとう」を直接もらう瞬間
介護職時代、利用者さんやご家族から「ありがとう」と言われる瞬間は、確かに自分を支えていました。ビルメンの仕事で誰かから直接感謝されることは、ほとんどありません。設備が止まらないことが日常で、止まらないことに対してお礼を言う人はいません。
この「ありがとうの不在」は、転職前には想像できなかった寂しさでした。
それでも、自分には合っていた
「ビルメンの方が良い」とは思っていません。介護職の仕事には意味があるし、続けている人を尊敬しています。ただ、自分には合っていなかった、それだけのことです。
合っていなかった理由が、女性が多いことではなく「同性の話し相手が職場にいなかった」ことだと気づけたのは、移ってからでした。
もし今、似たような場所で消耗している男性介護職の方がいるなら、「逃げ」ではなく「環境を変える」という言い方で考えてみてもいいかもしれません。求人サイトを開くだけでも、選択肢が見えてきます。私が使ったのはリクナビNEXTで、自分のペースで眺めながら職種の幅を広げていきました。
行動できない期間が長くても、それは弱さではないと思います。私自身、動き出すまで1年かかりました。

コメント