介護職からビルメンに転職して、年収は約300万円から約380万円になりました。80万円増えたことになります。
ただ、最初に正直に書いておきたいことがあります。年収が上がったのに、お金の使い方も、暮らしのかたちも、ほとんど変わっていません。生活が派手になったわけでも、欲しかったものを次々に買えるようになったわけでもない。
では何が変わったのか。私の実感では、変わったのはお金そのものではなく、「お金に対する不安」のほうでした。この記事では、ビルメンに移ってから自分のお金と暮らしがどうなったのかを、介護職時代と比べながら正直に書いていきます。「ビルメンに転職したら生活はどう変わるんだろう」と気になっている方の参考になればうれしいです。

ビルメンに転職して、年収は300万から380万になった
まず数字の話からします。お金の話は、ぼかすと結局なにも伝わらないと思うので、できる範囲で具体的に書きます。
介護職時代の300万と、いまの380万
介護職をしていた頃の私の年収は、約300万円でした。ビルメンに移ったいまは、基本給ベースで約380万円。80万円ほど増えた計算です。
正直に言うと、この80万円の差は小さくありません。介護職時代、同世代の友人と飲みに行って年収の話になると、どこか言葉を濁していた自分がいました。いまは、年収の話になっても隠さなくてよくなった。その変化は、金額以上に気持ちのうえで大きかったように思います。
ただし、「だから転職して勝った」という話にはしたくありません。次の項目で、もう少し正直な内訳を書きます。
「楽な基本」は380万、引き受ければもう少し届く
ここは、誤解を生みたくないので丁寧に書きます。
私がいま「約380万円」と言っているのは、残業や工事の立会いといった追加の業務を含まない、基本的な働き方での目安です。実際には、残業や工事立会いを引き受けた月を足し合わせると、年収は400万円台の後半まで届く年もあります。
ただ、それは「楽な時間」を削って「楽じゃない時間」を足した分だ、というのが私の感覚です。立会いの日は気を張りますし、残業すればその分だけ自分の時間は減る。だから私は、その中間にいます。必要なときや、やってみたいときだけ引き受けて、基本は無理のない範囲で働く。
つまり、ビルメンは「楽な基本で380万円ほど、がんばりを足せばもう少し上」という仕事です。厚生労働省の調査をもとにした数字では、男性介護士の30代平均年収は約337万円、全産業平均は約468万円とされています(出典:厚生労働省賃金構造基本統計調査)。基本給ベースの380万円は、この全産業平均よりも下です。
それでも私はこの働き方を選んでいます。理由は、次の章から書く「お金以外の部分」にあります。
でも、お金の使い方は変わらなかった
年収が80万円増えたと聞くと、生活がよくなったように思えるかもしれません。でも、私の実感はちょっと違います。
80万円増えて、何にお金を使うようになったか
結論から言うと、特に何も増えていません。
高い買い物をするようになったわけでも、外食が派手になったわけでもない。いまの私の趣味は、AIをいじること、緑の多い公園を散歩すること、コーヒーを飲むこと。どれもお金のかからないことばかりです。
増えた80万円が、生活の支出に化けたかというと、そんなことはありませんでした。収入は増えたけれど、お金の使い方や暮らしのかたちは、介護職時代とほとんど変わっていない。これは自分でも少し意外でした。「お金が増えたら生活が変わる」と思っていたのに、実際にはそうならなかったのです。
本当に増えたのは「お金の不安が減った」感覚
では80万円はどこへ行ったのか。私の感覚では、それは「将来のお金への不安」を薄めるほうに効きました。
そもそも私が転職を決めた引き金は、結婚でした。お金のことと、腰など身体のことへの不安が、同じタイミングで押し寄せてきた。「このままの収入と働き方で、二人の将来を支えられるのか」という不安が、いちばん重かったのだと思います。
ビルメンに移って、収入は満足とまでは言えませんが、納得はしています。それ以上に大きかったのが、精神面と体調面の余裕でした。お金そのものよりも先に、心の余裕が戻ってきた。増えた80万円は、贅沢ではなく、その「不安が減った」という静かな安心に変わっていった気がします。
毎月の通帳を見て胃が重くならない、というだけのことが、私にはとても大きかったのです。
お金以外で、介護職時代と変わったこと
お金の話をしてきましたが、私の暮らしで本当に変わったのは、お金よりも「時間の過ごし方」と「気持ちの軽さ」でした。
平日の空いた街を歩いて、カフェで好きな動画を見る

いま、自分がいちばん幸せを感じる瞬間は、平日の昼間に混んでいない街を散歩して、空いているカフェに入り、見たかった動画をゆっくり見ているときです。公園のベンチに座って、何も考えずに深呼吸する。それだけで、いい時間になります。
お金はほとんどかかりません。でも、これ以上望むことが思いつかないくらい満たされる時間です。「気楽に生きてるな」という実感は、仕事よりも、こういう時間のほうからやってきます。
宿直明けに家に帰って、家事をする時間もそうです。派手さはないけれど、その時間も幸せだと感じられるようになりました。
介護職時代は、散歩すらしていなかった
対照的に、介護職時代の私は、休日に散歩すらしていませんでした。
理由は単純で、体力を温存することが最優先だったからです。休みの日に外を歩き回ると、次の勤務に響く。だから動かない。そもそも休日も、「次の勤務はあの人と一緒だから、こう動こう」と頭のなかでシミュレーションしていて、心が休まっていませんでした。
実は、介護職時代も平日に街を歩くこと自体はありました。でも、気楽ではなかった。同じ場所を、同じように歩いていても、感じ方がまったく違うのです。お金の差よりも、この「気楽さの差」のほうが、私には大きく感じられます。
下の表は、私自身の介護職時代といまを、お金以外の軸で並べてみたものです。
| 項目 | 介護職時代 | いま(ビルメン) |
|---|---|---|
| 休日の頭の中 | 次の勤務のシミュレーション | 次の出勤を考えない |
| 平日の街歩き | していた(でも気楽でない) | 散歩が習慣・気楽 |
| 体力の使い方 | 温存優先で動かない | 余白として散歩に使える |

年収が上がっても「十分な暮らし」を考えるようになった理由
お金と暮らしの話をしてきて、最後に、いま自分が考えていることを書いておきます。
「十分」は、金額では決まらない
ビルメンに移ってから、「十分な暮らしってなんだろう」と考えるようになりました。
正直に言うと、「十分な生活とはこれだ」と具体的に言葉にはできません。ただ、ひとつだけはっきりしているのは、それは誰かと比べて決まるものではないということです。相対的にではなく、主体的に暮らすこと。お金がなくても、創意工夫しながら自分なりに楽しめたら、それが最高だと思っています。
年収が80万円増えても、暮らしが変わらなかったのは、たぶんそういうことなのだと思います。私にとっての「十分」は、380万円や480万円という金額の中ではなく、平日の散歩やコーヒーの時間のほうにあったのです。
飲食・介護・ビルメンを経て、いま思うこと
私は飲食店で8年ほどアルバイトをし、介護職を約3年、そしていまビルメンをしています。3つの仕事を経験して、自分なりに一言ずつまとめると、こうなります。
飲食は、いい経験になったけれど、本業として続けるには覚悟がいる仕事でした。介護は、生活に余裕があればやりがいのある素晴らしい仕事だと思います。ただ現実には、お金と健康面が厳しかった。そしてビルメンは、お金は多くはないけれど、それ以外が楽で、気楽に生きるのに自分には合っている仕事です。
これはあくまで「私の場合は」という話で、誰にとっても正解だとは思いません。介護を続けている友人を、私は尊敬しています。ただ、私自身は、お金を最大化するよりも、気楽に暮らせるほうを選んだ。そういう選び方もある、ということだけは伝えたいと思っています。
まとめ|お金は変わらなかったが、お金の意味が変わった
ビルメンに転職して、年収は約300万円から基本給ベースで約380万円になりました。残業や立会いを引き受ければ、もう少し上に届く年もあります。
でも、お金の使い方も暮らしも、ほとんど変わりませんでした。増えた80万円の正体は、贅沢ではなく「将来のお金への不安が減ったこと」。本当に変わったのは、平日の街を気楽に歩けるようになったという、お金では測れない部分でした。
楽に生きることは、たぶん逃げではなく、選択肢の話なのだと思います。お金を最大化する生き方もあれば、十分なところで手を止めて、暮らしに時間を返す生き方もある。私は後者を選びました。正解かどうかはわかりませんが、いまのところ静かに納得しています。
あなたが「お金より、気持ちの余裕がほしい」と感じているなら、こういう暮らし方もある、と知ってもらえたらうれしいです。
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