「楽に生きたい」と思うたびに、どこかで後ろめたさを感じる。もしあなたがそうなら、この記事はそのための話です。
結論から書きます。私にとって「楽に生きる」とは、なまけることではありません。他人や世間を基準にするのをやめて、自分の軸で選ぶこと——つまり主体的に生きることだと、私は思っています。
私は飲食店のアルバイトを8年、介護職を3年、合わせて11年「人と関わる仕事」を続けたあとで、設備管理(ビルメン)という比較的おだやかな仕事に移りました。年収は介護職時代の約300万円から、約380万円になりました。劇的に増えたわけではありません。それでも、いまの暮らしを「気楽だ」と感じています。
その「気楽さ」がどこから来ているのか。考えていくと、答えは仕事の種類ではなく、生き方そのものにありました。
「楽に生きる」とは、なまけることではない

「楽に生きる」と口にすると、たいてい怠けているような響きがついて回ります。私自身、長いあいだそう感じていました。
多くの人が「楽=怠け」と感じてしまう
頑張ることが正しくて、楽をするのはずるい。そういう空気は、たしかにあります。だから「楽な仕事がしたい」「楽に生きたい」と思うだけで、自分を責めてしまう人は多いと思います。
でも、いまの私には「楽に生きる=怠け」と思われることへの抵抗が、ほとんどありません。理由は単純で、今が幸せだからです。誰かに怠けていると思われたとしても、自分の毎日が穏やかであることのほうが、私には大事になりました。
私が考える「楽に生きる」=主体的に生きること
では、なまけることでないなら、楽に生きるとは何なのか。
私なりの答えは、相対ではなく、主体的に生きることです。他人と比べて多いか少ないかで決めるのではなく、自分にとって十分かどうかで決める。世間の「おすすめ」ではなく、自分が心地いいかどうかで選ぶ。
「十分な生活」が具体的に何かと聞かれると、うまく言葉にはできません。ただ、それは誰かと比べて決まるものではない、という感覚だけははっきりあります。お金がなくても、自分なりに工夫して楽しめたら、それで十分なのかもしれません。
楽に生きるとは、なまけることではなく、自分の軸で選ぶこと。私はそう考えています。
主体的に生きるために、私が手放したもの
主体的に生きる、と言葉にするのは簡単です。でも実際には、「手放す」作業のほうが大きかった気がします。何かを足すより、余計なものを減らしていったら、結果として気楽になりました。
流行りや「おすすめ」を追うのをやめた
まず、流行りを追うのをやめました。
テレビやネットで紹介される「おすすめの店」「話題のイベント」を、以前は気にしていました。行かないと損をするような気がしていたのだと思います。でも、それを気にしすぎるのをやめたら、ずいぶん楽になりました。
人がいいと言うものではなく、自分がいいと思うものを選ぶ。それだけで、生活の輪郭がはっきりしてきた感覚があります。
情報を入れすぎないようにした
次に、情報を入れすぎないようにしました。
真偽のわからないニュースや噂を見続けていると、それだけで疲れます。それに、選択肢が多すぎることも、疲れの原因になると感じています。あれもこれもと並べられると、選ぶだけで消耗してしまう。
だから、見る情報をあえて減らしました。知らなくていいことは、知らないままにしておく。これも、自分の軸で生きるための「手放し」のひとつでした。
嫌なことを「嫌」と言えるようになった
そして一番大きかったのは、嫌なことを「嫌」と言えるようになったことです。
以前は、嫌なことを「大丈夫です」と引き受けてしまう時期がありました。いらないものを流行りで買って、お金を失ったこともあります。いま振り返ると、それは少しずつ自分を失っていく感覚でした。流されることは、自分を失うことだったのだと思います。
幸せかどうかを分けるのは、案外こういうところかもしれません。自分の軸を自覚して生きているか、それとも流されて生きているか。私の場合は、その違いが大きかったです。
- 流行りや「おすすめ」を追うのをやめた
- 情報を入れすぎない(選択肢が多すぎることも疲れになる)
- 嫌なことを「嫌」と言えるようにした
飲食・介護・ビルメン——落差が教えてくれたこと
こうした考え方は、頭で思いついたわけではありません。飲食・介護・ビルメンという、落差の大きい3つの仕事を経てきたなかで、少しずつ形になっていったものです。
落差があるからこそ見えた「気楽さ」の正体
3つの仕事を、私なりに一言でまとめるとこうなります。
| 仕事 | 私にとっての実感 |
|---|---|
| 飲食(アルバイト8年) | いい経験になった。ただ本業にするには覚悟がいる仕事 |
| 介護(3年) | 生活に余裕があれば、やりがいのある素晴らしい仕事。現実はお金と健康面が厳しかった |
| ビルメン | お金は多くないが、それ以外が楽。気楽に生きるのに合っていた |
落差があるからこそ、ビルメンの気楽さがより際立って感じられます。もし最初からビルメンだけを経験していたら、この「楽さ」には気づけなかったかもしれません。比べる相手を自分のなかに持っていることが、いまの納得につながっています。
つらいのは「きつさ」ではなく「流されていること」だった
3つの仕事を通して、はっきりわかったことがあります。
私は、自分で決めたことなら、頑張るのは当然だと思っています。それはまったく苦になりません。本当につらいのは、何も決められないまま流されて、それでも頑張らなければいけない状況のほうでした。
介護職時代の私は、まさにそれでした。自分で選んだというより、選び直すことを怖がって、その場に留まっていただけだったように思います。仕事がきついからしんどかったのではなく、流されたまま動けないことがしんどかったのです。
いまは、自分で選んでいるという感覚があります。不安がないと言えば嘘になります。だからこそ、もっと稼ぎたくて副業もしている。それも、誰かに言われたのではなく、自分で決めたことです。
楽に生きると、日常の景色が変わる

主体的に選べるようになると、特別なことが起きるわけではありません。ただ、いつもの日常の景色が、少しずつ変わっていきました。
平日の昼、空いた街を歩きながら
いま、私がいちばん幸せを感じるのは、平日の昼に空いた街を歩いて、混んでいないカフェに入り、見たかった動画を見る時間です。お金はほとんどかかりません。
宿直明けの帰り道も、一駅二駅手前で降りて、散歩しながら帰ることがあります。路地裏など、普段通らない道を歩いてみる。「今度この店に行ってみようかな」と思いながら歩く時間が、私には心地いいのです。平日の空いた街を歩きながら、「気楽に生きているな」と思う。それが、いまの自分の実感です。
正直に書くと、流行りを追わなくなったぶん、失ったものもあります。同世代と会うと、新しい店や話題のサービスの話で盛り上がっている。その輪から少し外れていく寂しさが、まったくないと言えば嘘になります。それでも私は、自分の軸で選んだ静けさのほうを取りました。
同じ場所でも、感じ方が全然違う
実は、介護職時代も、平日に街を歩くことはありました。でも、気楽ではありませんでした。
休みの日でも、頭からは「次の出勤日のこと」が離れませんでした。「次はあの人と一緒だから、こう動こう」。景色を見ていても、考えているのは仕事のことでした。同じように街を歩いていても、感じ方がまるで違ったのです。
場所が変わったのではなく、自分の頭のなかが変わった。雑念が減って、いま目の前にあるものを、そのまま味わえるようになりました。お金よりも先に、この「余白」が戻ってきたことが、私にとって一番大きな変化でした。
まとめ:楽に生きるのは、逃げじゃなく選択肢
ここまで書いてきたことを、最後にひとつにまとめます。
楽に生きるとは、なまけることではありません。相対ではなく主体的に——他人や流行りを基準にせず、自分の軸で選ぶこと。私はそう考えています。そして、流されたまま同じ場所に留まることのほうが、よほど自分を失うことに近いのかもしれません。
介護職という仕事を、私は否定するつもりはまったくありません。
社会に必要不可欠で、やりがいのある仕事です。
いまも続けている友人を、心から尊敬しています。
ただ、私には勤務体系や将来の見え方が合わなかった。それだけのことでした。
十分な給料をもらって、その人らしく生活できている人がいたら、本当に嬉しいと思います。
そのうえで、介護職時代の自分に、いまかけたい言葉があります。
「楽に生きるという選択肢も、ちゃんとあるよ」。当時の私は、その選択肢が存在することすら知りませんでした。
楽に生きるのは、逃げじゃなく選択肢です。
それを選ぶかどうかは、最後はあなたが決めていい。この記事が、誰かの言葉ではなく、自分の頭で考えるきっかけになればうれしいです。
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