日曜の夜になると、明日からの仕事を思って気が重くなる。テレビの音がやけに遠く聞こえて、楽しかったはずの休日が、終わりに近づくほど色を失っていく。もしその感覚に身に覚えがあるなら、この記事はあなたのために書きました。
先に書いておきます。私も、長いあいだそうでした。飲食店のアルバイトを8年、介護職を3年、合わせて11年。日曜の夜はいつも気が重かったです。それが、設備管理(ビルメン)の仕事に変えてから、ほとんど消えました。
理由は、仕事の種類そのものというより、休みの日に仕事を背負わなくなったことだと思っています。つらかったのは仕事そのものより、休みの日まで仕事が頭から離れないことだった。いま振り返ると、そう感じています。
日曜の夜が憂鬱だった頃の話
まず、あの頃の自分がどんな状態だったかを書きます。同じ感覚を抱えている人に、「それ、わかります」と言いたいからです。
休みでも「次の出勤日」が頭から離れなかった
介護職をしていた頃、休みの日に街を歩いていても、頭の中はいつも仕事のことでした。
景色を見ているはずなのに、考えているのは「次はあの人と一緒の勤務だから、こう動こう」ということ。せっかくの休日なのに、気持ちはずっと次の出勤日に引っ張られていました。あの雑念の正体は、休んでいる間もずっと仕事のことを考え続けていたからだと、辞めてから気づきました。
仕事帰りの道でも、「自由だ」と思えたことはありませんでした。また次の出勤日のことが、頭のどこかにずっとあったからです。
毎日明るくいることに、気を抜けなかった
介護職で一番しんどかったのは、毎日明るくいることでした。
気を抜けない。迷惑をかけられない。そうやって自分を保っているうちに、自分が消耗していることに気づくのが遅れます。だから休みの日は、その消耗を回復するための時間になっていました。心から楽しむというより、次に向けて充電する。日曜の夜の憂鬱は、その充電が終わってしまう合図でもありました。
念のため書いておくと、介護の仕事そのものを否定したいわけではありません。やりがいは本物でした。ただ、その働き方が、私には合っていなかったのだと思います。
なぜビルメンに変えたら、それが消えたのか
ビルメンに変えてから、日曜の夜の憂鬱は驚くほど軽くなりました。「気合いで前向きになった」わけではありません。理由は、もっと構造的なところにあったと思っています。
シフトの人間関係を、休日まで背負わなくなった
介護職時代、休日に頭を占めていたのは「次は誰と一緒か」でした。人と深く関わる仕事ほど、その人間関係を休みの日まで持ち越してしまいます。
いまの職場は、過度に干渉せず、必要なことだけ話す距離感です。テナントの方と接する機会も多くはありません。だからこそ、たまに話す相手にも新鮮な気持ちでいられる。深く関わらないことが、私には合っていました。人間関係を休日まで背負わなくなったことが、思っていた以上に大きかったです。
仕事を家に持ち帰らない働き方だった
もうひとつは、仕事を物理的にも気持ちの上でも、家に持ち帰らなくなったことです。
ビルメンの仕事は、その現場にいる間に完結します。点検や巡回、宿直の待機。建物を出れば、基本的に持ち帰る宿題はありません。宿直明けに建物を出て歩き出すと、「今から自由だ」と素直に思えます。介護職の頃には、一度も感じたことのなかった感覚です。
日曜の夜が憂鬱だったのは、仕事の中身より、休みの日まで仕事を背負っていたから。それを下ろせる働き方かどうかが、私には大きかったのだと思います。
なお、私は介護職で夜勤を経験していたので、宿直という働き方への抵抗はあまりありませんでした。夜に働くこと自体には、もともと慣れていたのだと思います。
「日曜の夜が、ただの夜になった」いまの実感
劇的な変化があったわけではありません。ただ、日曜の夜が、特別な意味を持たない「ただの夜」に戻りました。
休みの日に、仕事のことを考えなくなった
いま、休みの日に仕事のことを考えることは、ほとんどありません。
これは自分でも意外でした。介護職時代との一番の違いは、たぶんここです。年収は約300万円から約380万円になりましたが、生活そのものが派手に変わったわけではありません。それでも、休日の頭の中から仕事が消えただけで、毎日の感じ方がまるで違います。
日曜の夜にドラマを見ても、最後まで楽しめる。月曜の朝を、必要以上に怖がらなくなる。それだけのことが、思っていたよりずっと大きかったです。
お金より先に、余白のほうが戻ってきた
転職して最初に戻ってきたのは、お金ではなく余裕でした。
体調がよくなり、日常から雑念が減りました。お金が増えたから楽になったというより、休みの日を休みの日として過ごせるようになったことのほうが、私には効いています。お金より先に、心の余白が戻ってきた。これが、転職して一番大きかった変化です。
正直に書くと、消えなかったものもある
ここまで良いことを書いてきましたが、きれいごとで終わらせたくないので、正直に書きます。日曜の夜の憂鬱と引き換えに、手放したものもあります。
やりがいや「ありがとう」は、減った
介護職には、社会に必要不可欠な仕事をしているという誇りがありました。利用者さんやご家族からもらう「ありがとう」という言葉。敬老の日や花見、餅つきといった、季節のイベントを一緒に楽しんだ記憶。これらは、ビルメンの仕事では手に入りません。
設備管理は、大きな達成感がある仕事ではありません。たくさん感謝される仕事でもない。それは事実です。日曜の夜が軽くなった代わりに、こうしたものは確かに減りました。
それでも私は、日曜の夜の軽さを取った
それでも、私に後悔はありません。
休みの日を、ちゃんと休みの日として過ごせること。月曜の朝に、必要以上に身構えなくていいこと。私にとっては、そちらのほうが大事でした。失ったものがあると認めたうえで、それでもこの働き方を選んでよかったと思っています。何を大事にするかは、人によって違っていいはずです。
まとめ:休みの日を、休みの日として過ごせるように
日曜の夜が憂鬱なのは、あなたが弱いからでも、甘えているからでもないと思います。休みの日まで仕事を背負わされる働き方が、たまたま自分に合っていないだけかもしれません。
私の場合は、仕事を家に持ち帰らず、人間関係を休日まで引きずらない働き方に変えたことで、その憂鬱が軽くなりました。転職前の自分に声をかけるなら、こう言うと思います。「そんなに好きな仕事じゃないけど、嫌いでもない。感謝されることはないけど、責められることもない。なかなかいい休日を過ごせているよ」と。
楽に生きるのは、逃げじゃなく選択肢です。日曜の夜が軽い毎日を選ぶことも、ちゃんと選択肢のひとつだと思います。いまの働き方がつらいなら、その重さの正体が「仕事そのもの」なのか「休日まで背負っていること」なのか、一度だけ分けて考えてみてください。
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